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日々雑感

日々の他愛ない雑感を記しています。読書、芸術、随想、少し仕事のことなど。

備忘 天才陶工 仁阿弥道八 展 サントリー美術館

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こんばんは、

あっという間に、新しい週が始まりましたね〜

週末は、天才陶工 仁阿弥道八展に行ってきました。

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建物全体の余りの綺麗さに、驚きました(^O^)
前からお洒落な場所だとは思ってましたが、イメージにも増して。

なんというか、内装や諸々のコンテンツに、和モダン的なコンセプトが貫かれているようでした。
サントリー美術館に行ったからかもしれませんが笑


さてさて、展覧会。

京焼。

陶芸は正直殆ど知らないのですが、その美しさに驚きました。
どちらかというと無骨なイメージでしたが、形状も装飾も繊細でかつ大胆な趣きに、目を奪われました。

特に、竹に舞う白雪や樹に透ける桜、また彩鮮やかな花々をあしらった深鉢の彩色に目を奪われました。
凄い描写力でした。

ちなみに、同じ建物の中にある富士フィルムの展示コーナーで、土門拳の展覧会もやってます。
こちらはフリー

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お近くに行かれた際は是非お立ち寄りを^_^

普段あまり観ないジャンルも良いと思った今週末でした。

ではまた!

備忘 フランソワ・ミレー展 三菱一号館美術館

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丸ノ内の、三菱一号館美術館に行ってきました。

ミレーとは、19世紀フランスで、当時芸術としては市民権を得ていなかった、農民や農村の風景を、絵画に積極的に取り上げた画家です。生まれ故郷を離れ、パリ近郊のバルビゾン村にて、生涯その風景を描き続けました。

その斬新な絵画は賛否両論を巻き起こし、異郷のアメリカや日本でその革新性が高く評価される一方、母国フランスでは概して酷評を受け続けました。先述の、テーマがその理由です。

そして、富や名声とは程遠い、孤独な人生を送るのですが、それでも一途に作品を描き続けました。彼がいわゆる「農民画家」と呼ばれる所以です。

特に、「種まく人」はポスターにも使われ有名ですが、これには非常に感銘を受けました。この作品は、畑に種を蒔く1人の男の一瞬を、至近距離から見上げる躍動的な視点で捉えたものです。

当時無視や蔑視の対象ですらあった農民、その1人の人間に焦点をあて、これでもかとばかりに力強く大地を踏ませている。
世の中の既成概念に逆らい、見落とされし者に命と美を吹き込もうという創作への執念のような物が感じられました。
それ以外の作品たちも、農村の様子や家庭内の平和な風景が描かれ、他愛ないもの小さきものへの眼差しで溢れていました。

また、それ以外にも、カミーユ・コロー初め、同時期の影響を受けた画家たちの作品が紹介されており、バルビゾン派の多彩な仕事を見ることが出来ます。

明日までということで1時間くらい並びましたが、観られて本当に良かったです。



余談ですが、なんで絵画は価値があるのだろう、とふと考えていました。
なんで人は、絵を観たくなるんだろうか。

それは一言でいうと、それが感性と表現の自由の象徴であるから、かなと。

今、私たちは、好きな時に美術館へ行き、ファーストフード一回分くらいのお金で偉人たちが黙々と描き出してきた名作に触れることが出来ます。
これらの多くは、かつては戦乱で奪われたり権力の館の奥深くに眠らされていたものです。またそもそも民衆の材料では叶わない奢侈行為だったでしょう。

また、現在では、多くの優れた芸術家が、自由に表現し、我々はその恩恵に預かることが出来ます。これも当たり前のように感じられますが、これほど表現の自由が浸透したのは、ごく最近、しかも未だ世界に一部の地域におけることです。

好きなものを好きなように描く、それが誰にも暴力をもって否定されず、いつでも美しいものを美しいと感じる事が出来る。これは、人類の歴史にとってほんの最近一瞬の、奇跡的な出来事です。

絵画はもちろん多々ある芸術芸能の一つに過ぎませんが、その様な尊い努力の結晶の一つである事は間違いありません。

それは私たちがしかと受け取り、伝えていかねばならないものでもあるのです。子供たちにも、こんな感動を味わってもらうために。

余談の方が長くなってしまいましたが、ミレーという、頑なに己の美を追い求めた求道者に、改めて心から敬愛の言葉を送りたいです。

備忘 弁論大会

こんにちは^^

今日は、弁論大会に行ってきました。

フジサンケイグループが主催する、第31回土光杯全日本青年弁論大会です。

テーマは、「世界は女性の時代へ-私の提言」で、女性の社会進出や男女平等といったテーマについて、週に学生さん、また若い方が弁論をされるというものでした。

 

実は、小生、学生時代某大学の弁論部に所属していたことがあります。お恥ずかしながら殆ど幽霊部員で、壇上に立つことは一度もありませんでしたが、弁士の話を聞いたり、何より仲間と色々議論を交わすのは好きでした。今日も、若い人たちの話を聞いて、そんな当時の淡い思いを少し振り返ることが出来ました。

 

頑張った弁士に、心から次の二つの言葉を言いたい。

 

1 お疲れさん!

2 おめでとう!

 

2について。

一応大会なので、順位はつきます。表彰もあります。惜しくも漏れる人もいます。

しかしそんなことが問題ではない。

成果が出なかった、緊張して思うように出来なかった。もしそう思うならば、むしろ、それだけの高いハードルのチャレンジをした、ということです。大会に参加した中で、一番貴重な経験をしたということです。

 

もちろん客観的な評価が伴う実力も大事ですが、それは自分の限界と向き合うチャレンジを通じてしか得られない。そう思います。

 

  • 弁論は、何のためにするのか?

ちょっとここで考えてみたい。はて、弁論って、何のためにするのでしょうか。

これは僕自身、学生時代によくわからなかったことでもあります。

 

ニーズを、問題解決のための知識や情報の伝達手段として考えた場合、必ずしも、弁論に頼る必要はありません。明治の自由民権運動の時代ならいざ知らず、情報があふれ、ITインフラの整備された現代では、ちょっと知りたいことはググればすぐ出てくるし、論文なんかも出てくるでしょう。その中には政策提言的なプラクティカルなものもあるはずです。すなわち、情報の垣根がない。情報がいわばフラット化してしまった、と言えます。

 

そこで考えなければならないのは、ではその情報は、どのようにして効力を発揮するのか、ということです。

結論から言うと、どんな情報も知識も、伝わらなければ効力を発揮しえない。そして「伝える」という行為そのものは、人間にしかできない。

私は、弁論の価値は、まさに伝えるという行為そのものにあると考えます。言いかえると、ただ情報を紹介するだけでなく、行動への動機付けに転換する行為です。

 

人は、知識を求めるものです。と同時に、何らかの行動に移そうとする場合、それ以上の動機をも求めます。それは具体的なイメージであったり、ロールモデルであったり、それによる「あの人のようになりたい」「自分にも出来るかもしれない」という思いであったり。

一言でいえば、情念、とでも言えましょうか。

そして、それがないと、たとえどんなに客観的に見える情報があったとしても行動に移す決心はつきにくいものです。

 

現代は、先に述べたように、情報が溢れています。一方で、それを理解し、実行に移す、或いはそうなる様に人に伝えることは容易ではありません。

問題を抱えながら、多くの人や組織が、それを解決できないのはなぜでしょうか?

知識が足りないからでしょうか?

おそらく違うのです。

むしろ、それを実行に移す、或いは移させることが難しいのです。

 

もしそれが容易であったなら、今頃より多くの社会問題が解決されていることでしょうし、実際なかなかうまくいかないケースには、よく出くわします。

なぜなのか、それはすでに書いた人間の性質によるもので、情報が、動機づけの効果を持って伝わったかどうかではないかと思うのです。

まさに情報は「情に報いる」ことが必要で、それが出来ない知識は、それがもつポテンシャルを発揮できないのでしょう。

 

  • 情報に付加価値をつける行為。

そういう意味で、弁論とは、情報に付加価値をつける行為ではないかと思います。

先にも述べたように、今は知識そのものは字面で良ければすぐに出てくる世の中です。しかし、どんなに検索しても、絶対に出てこないものがある。それは、「あなた」。

あなたがどう感じ、行動し、知識を具体化したか、そしてそれは人生においてどんな意義を有するか。グーグル先生はそういうことには答えてくれません。そして、聞く人を勇気づけ、それなら私もやってみよう、と思わせるのは、そんなロールモデルなのです。

 

ですから弁論とは、情報とともに、その情報を体感して、行動する自分を見せる行為、であると定義できると思います。もちろん正確な知識もロジックも非常に大事で、決してそれらの重要性が低いなどとは言うつもりはありませんが、それでもなお弁論が論文輪読会ではないことの意味は、そこにあるのだと思います。

 

もちろんここに書いたのは、私が考えたもので、極めて拙い文章であり正解でも何でもありません。その意味は、きっと自らこのチャレンジを行った一人ひとりの中にあり、そして今後も模索していくのでしょう。

私が偉そうに言える筋合いは何もありませんが、是非その模索を続け、素晴らしい弁士、人、リーダーに、なっていってほしいと思います。

弁士の今後のご活躍を、こっそり応援しています。

 

 

ではまた!

備忘 福岡アジア美術館 葛飾北斎展 等

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皆さん、明けましておめでとうございます🌄

特に遠出はせず、ゆっくりと過ごした今年の正月ではありましたが、移動の合間に、早速初アートに行ってきました。


好きではありますが、考えてみるとこれまで余り観る機会が無かった画家なので、ラッキーでした。

北齋は、「東海道五十三次」や「富嶽三十六景」が有名でしょうが、それ以外にも風俗画や美人画、妖怪画なども描いており、幅広い創作活動が一望出来ます。

特に、上記の作品は、初めて連作を全て観れました。
景色ももちろん綺麗ですが、その道中の土地折々の人々の風俗文化が非常に細かく描かれており、実に面白い。

赤富士、浪富士も素晴らしかった。
誰もが見たことのあるであろう有名な作品ですが、改めて観ると、そのシンプルかつ斬新な構図や、無駄のない色合いに、驚かされます。

こうして懐かしさや驚きの混じり合う中多彩な作品を観ていると、彼が日本人の風景画のイメージに為した働きの大きさを、改めて感じさせられます。

また、図らずも、アンリ・リヴィエールに再会出来たのは、まさに天佑です。

彼はフランス人画家で、ジャポニズの刺激を受け、葛飾北斎の「富嶽三十六景」から着想を得、「エッフェル塔三十六景」を描きました。

此処に作品をお見せ出来ず残念ですが、色彩もタッチも、とても優しく、フランス絵画でありながらも、異国情緒と言うよりは何処かノスタルジアを感じさせる、不思議な感覚に囚われます。

様々な角度からエッフェル塔を見通す構図は極めて自由で斬新です。また、パリっ子の生活風俗がありありと描かれ、オシャレ過ぎず等身大のパリが息遣いを伴って迫ってきます。

いつかは巴里に行きたし。


常設展は、アジア各国の画家の特集で、宗教画から現代アートまで手広く紹介していました。
各国ごとの宗教や社会問題が現れていて、多彩でした。
日本とヨーロッパ以外のアートを観る機会が非常に少ないな、とふと感じた次第です。
日本と西欧という図式で世界を観てしまって、結構色んなものを見落としてるのかもしれませんね。


実に、正月に相応しい気持ちになる展覧会でした^_^

今年のラインナップが、楽しみです。

今年の10冊、否、1冊

読書録です。
(書きかけ)

何人かの方が「10冊」で書いていたので、面白い企画だなぁと思い、自分と今日一日、考えてました。

が、リストを挙げていくうち、殆ど読みこなせてもいない名著を羅列するのもどうかと思い、一冊に絞る事にしました。


今年読んだ、印象深い一冊は、やはりこれでしょうか。

(ちなみに今読んでるのは手頃なサイズだと思い買ったレクラム版です)

初めに断りますが余りにも手に余り恐れ多いので、内容の批評は行わずこの本と向き合う今の気持ちだけを書きます。



さて。
戦争論といえば、言わずと知れた、戦争、戦略の名著。
様々な人の様々な言葉で、唯一無二の価値を認められてきた本書。

実は今までこの本がなぜこの様な扱いを受けるのか、実感をもって理解出来ませんでした。正に自分の無知蒙昧を、恥じ入るばかりです。

思えば学生時代、一応読んでおくべきかと購入、めくりはしたものの、当時の軍事知識の浅さから完読も儘ならず、その意図するところは殆ど理解出来ず仕舞であったろう、と思います。最後は惜しいことに、卒業前に古本屋に売って来てしまいました。

それから約10年、職業人として、ようやく出会い直し、本当に読んでみようという気になり、買い直したのが今の一冊です。

今の自分にとってのこの本の存在意義は、何か?
某ゼミでの教材としての出会い、仕事を通じた考察、他の読本との共鳴、そういった要素があるでしょうか。

勿論まだ全く読みこなせてはいませんが、読む程にこの本の奥深さを感じます。

一つの例として、フランス革命を巡る考察の鋭さが、印象的です。著者は、フランス革命が戦争に与えた本質的変化を読み解くと同時に、そこから度々取り上げられる、戦争と政治の関係に関する考察を行っています。

周知の通り、この著者はフランス革命とそれに付随するナポレオン戦争の動乱をプロイセン将校として目の当たりにし、その経験を一つの契機として本書執筆に繋がる思索を深めます。

現代の我々は、多くの優れた歴史的文献から、当該事件の世界史的価値や外交・軍事にもたらした画期的変革等を俯瞰することができます。

しかし、当時勿論重要な補職にあったとはいえ、歴史的評価の全く定まっていなかった、そして祖国を巻き込む大事件に対し、一将校の立場からこれほど明晰な考察を加え得るのは、驚くべき、としか言えません。

また、戦争の本質に纏わる論争や、摩擦等様々な概念等、未だ議論が決着していないこと自体が、本書が提示する問題の普遍性を示唆しているとも言えます。

この戦争論は著者の急逝から未完の書と言われ、難解さ等から当初は殆ど売れず、また様々な誤解からの批判も受けて来ました。それが昨今、様々な要因から、特に戦略研究の分野で、読み直しが行われているようです。

転じて今時を眺め、残念なのは、同名の本や漫画が乱立し、原点たる本書がなかなか顧みられていないこと、でしょうか。

もちろん時代に応じた様々な表現や創作活動があって然るべきではありましょうが、やはり時間の淘汰をへて生き残ってきた古典にこそ、正誤引っくるめて、繰り返し読み直す価値があるのではと思います。

「戦争論など古いのではないか?」
そういった批判や指摘も恐らくあるでしょうし、安全保障研究の観点から、その今日的有用性に疑問を呈する議論が存在するとしても、驚くにあたりません。

しかし一方で、この本がこれまでに獲得してきた地位と影響の大きさは無視する事が出来ません。

例えば、同盟国たる米国軍においては本書の研究が盛んに行われ、現代における軍事の変革にも少なからぬ影響を与えてきました。

そんな彼らの考え方や行動の一つの準拠を知る上でも、原典に尋ねる事が必要になります。

また先にも少し触れたように、米英中心かとは思いますが、学術界においても本書を巡る議論は盛んになされているようです。

それらの動向を知ることは将来の安全保障、戦略論を巡る議論をフォローしていく上で、不可欠です。



以上、徒然と思うところを書いてきました。
自分自身、理解には遠く及ばず、恐らく一生読み続けることになると思います。

良い本とは何度も読む価値があるものだし、そもそも直ぐに理解なんか出来っこないものだ、と最近漸く理解出来ました。

そんな出会いに、感謝です💡
来年もよろしくお願いしますm(_ _)m

父親講座に、行ってきました。


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こんばんは^_^

今日は、父親講座に行ってきました。

妻がお世話になった産婦人科が、私のような新米パパさんに開いているもので、正式名称は、父親のための育児講座、だったかな。

非常に興味深く、育児以外にも、普段の生き方に関して色々と考えさせられる、有意義な内容でした。

さて、会場である産婦人科のとあるセミナールームに行ってみると、ざっと3〜40人ほどの、父親であろう男性がずらり。
もちろん自分のような若い人もいれば、中には結構年配の方もいて、多様な年齢層でした。

内容はというと、

  • 女性の産後鬱等
  • いわゆる夫婦の産後危機
  • 家事・育児分担のあり方(母親が何を求めているか)
  • 児童虐待の問題
  • 働くママの子育て

等々、1時間にしては結構ボリュームのある内容でした。

概して、男女の認識やコミュニケーションの違いや、そこから生じる母親の不安、不満、夫婦のすれ違いなどに焦点が当てられていました。聞いていて、勿論知っていることや意識していることもありましたが、結構はっとさせられる事が多かったです。

子育てはもちろん、普段の男女関係や夫婦関係に対しても、非常にインプリケーションのある内容だと感じました。



男女は、一般的に、コミュニケーションに求めるものや手法が違うと言われます。
また、機会が平等なのは言うまでもないですが、現実に仕事や家事で役割分担がされていると、普段生活している環境も見ているパーセプションも違ったものになります。

そういったズレが、些細な会話や行動のすれ違いをうみ、やがては不信感や焦燥感が芽生えるきっかけにもつながります。

違うものを違うんだと言って片付けてしまうのは簡単ですが、往々にして、違いがどこにあって、相手はどうなのか、そもそも理解していないケースが多い気がします。

また、対立があるから何とか解消しようと努力をしても、上記のことを良く具体的に理解せぬまま対応策を議論してしまい、結局お互いの要望をぶつけ合うだけになっている、こともよくあります。

正にこれは、対立が起こる本質的理由ではないかな、と思います。

まずは相手が何を求めているか、そして、実は自分も何でそんな風にしているのか、よく知ることが第一なのではないでしょうか。

対立をすぐに解消することは出来なくても、意見の相違があるとこ、そして何故どんな風に相違してるのかを認め合うことは出来るはずです。

最近学んでいることとも自分の中で通じ合い、非常に考えさせられました。

院長先生、ありがとうございました❗️




水面から


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久しぶりにアップします。

初めて、東京湾に行ってきました⛵️
ので、記念に。パシャり📷

この街の郊外で産まれ育ったのに。
飛行機の上から、たまに眺めますが、このアングルも、どうして、なかなか。

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そろそろ週末なので美術館に行きたいなぁと思ってましたが、これは確実に、どんな絵画よりも美しい。

ある意味、というか本来的な意味において、人間の活動こそが、art です。



はぁ、今年も、あと少し。2週間きった。
知ってました?笑

毎年あれもこれもやろうと色々計画立てたりしますが、なかなかその通りにはいかず、あっという間に時は過ぎます。

無論だからといって、決して無為にしているばかりでもないでしょう。
要は、どれだけ思いを込めて一時々々を過ごしたか、ではないでしょうか。

例え計画通りでは無くても、その時にしか出来ない事を。

今年もあと少し、思いを思いっきり込めて、生きたいものです。




あと少し、
是非今でしか出来ない事を。

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