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日々雑感

日々の他愛ない雑感を記しています。読書、芸術、随想、少し仕事のことなど。

内と外

子供がハイハイを憶えた。

ついこないだまでの彼女は、動くことを少し怖がり、ひっくり返っては泣きじゃくり、元に戻してもらう始末であった。
それが今ではどうだろう。
逆にハイハイしないようひっくり返してもすぐにうつ伏せに返り、また動く。

どうやら動くことが、それ自体が楽しくて堪らないようだ。
明確に何処かに行きたい訳ではない。ただ、動きたがる。動ける事に満悦を覚える。
そしてやはり、何処かに行きたがる。
目に入ったものに手を伸ばし、我が物にしたがる。

何でそんなものに手を伸ばすんだ⁉︎と聞いても仕方ないのかもしれない。
深い意味はなく、ただ手が届く、それが嬉しいのだ。早く手を伸ばさないと他の誰かが手を伸ばす。ただそれが許せないらしいのだ。

そんなこんなで彼女は、布団から這い出、畳に泳ぎ出で、襖の縁まで越えようとする。
こっちは危ないし並べた本や仕事道具まで散らかされては堪らないから、引っ張り込む。
それがまた気に食わないらしく、余計に寝室の外に出たがる。

寝室は寝心地が良く安全で、食べ物にも不自由せず、そこは最適な環境と言えなくもないが、それをもはや認めたがらない。
外に出たら余計に良いものがある、気がするし、登り龍な今の気持ちには危ない目に会うかもしれないという自制心は、退屈過ぎる。

まだこっちの方が力は強い、本気でやりあったら負けはしない、などと意気がってもいられない。
物を壊されたらそれこそ堪らんのだ。こっちは怪我しても無邪気に笑っていられる歳でもない。愛読書をクシャクシャにされたらそれこそ一大事。
やがて、近いうちに彼女から目が離せなくなろう。
部屋も片さねばならなくなろう。
噛み付いてくる事もあろう。
忘れてはならない、かつて皆、そうして大人たちを払いのけて成長してきたのだ。落ち着くと昔のヤンチャは直ぐに忘れてしまうのが常だが。

そういう意味ではもう、status quoは来ない、のかもしれない。
新しい居間の秩序や生活リズムと喧嘩をしても仕方ない。
その中で本当に守るべき物を再定義して、やっていくしかない。
子供も手なづけねばなるまい。
本当にしてはいけない事も教えたいが、力を少しつけただけで、まだまだそこまでの分別には至っていないと見える。
ただ叱りすぎて嫌われてはそれこそ一大事だから、今のうちから散々仲良くしておくのだ。

さて、明日も楽しくいきましょか!