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日々雑感

日々の他愛ない雑感を記しています。読書、芸術、随想、少し仕事のことなど。

再開

ブログを再開した。

 

フェイスブックだとどうしても書きにくい。書くためにやっていたSNSであったが、今では書きにくい環境になってしまった。

多くの人に見られているため、どうしても読まれることを意識してしまう。

そうすると、制約が生まれる。

・読みやすいよう、短く書く。

(それでも、だいぶ長いけど)

・各内容にも気を遣う。

 

1点目について。

SNSも始めたころは、だいぶ好きなように書いていた。もともと書くことも読むことも嫌いではなかったので、どちらかといえば分量の多い文を書いていた、と思う。

しかし、あまり長く書きすぎると、読まれない、というジレンマがある。

そこで、なるだけ文章を短く書き、簡潔にまとめ、語彙も分かり易くする、という努力をするようになる。

それはそれで文章を書く練習になるのだが、いかんせん書きたいことは書けない。

また、無理に短くする関係上論旨をシェイプアップしているので、内容的にも少し薄い内容になってしまっている、と思う。

また、長い文章を、冗長ではなくしっかりまとめる、ということが出来なくなる。

長さ、という点で、書きたいように思い切り書くという場は、必要である。

 

2点目について。

SNSは、始めたころは自分と真に気の合う仲間しかいないバーチャル空間だった。しかし、今では違う。色々なタイプの人間がおり、幅広い属性の人間がおり、もはやリアル以上に雑多な環境となっている。

そうなると、書けないことが多くなる。

第一に、恥ずかしいので余り私的すぎることは書けない。

第二に、政治的に機微のあることは書けない。そもそも私はそういう仕事である。

そういう理由で、やはり書きたいように欠ける空間が必要である。

 

このようなわけで、自分の書ける空間がほしい、というのがこれを再開した理由である。

 

SNSで聞こえのいい短い文章ばかり書いているとどうなるか。

確証はないが最近漠然と感じているのは、どんどん文章能力が落ちているのではないか、という危惧である。

表現力がある意味で磨かれている(これも怪しいが)一方で、ある一定以上の文章はそもそも書いていないため、そのようなものを書く能力がおのずと落ちているのではないだろうか。

そこに非常に危惧を感じる。発信を続けることが文章能力を劣化させる事があるとしたら、なんという矛盾であろうか。

やはり、メディアの使い方を考えなければならない。